今日、何をした?

のっぽがその日にしたことを書きます。

代表を認めてやった。

今日は、3年生がサークルを引退する日だった。最後なので、サークルの代表が壇上に立ち、メンバー全員にメッセージを送ることになった。ぼくは彼があまり好きではないため考え事をしながらぼんやりと聞いていた。すると、彼は「感性を大事にしろ」と言った。僕は、その言葉に対しても「感性を大事にするのなら論理は二の次でいいのか?」と心の中でひねくれた反論をした。だが、彼は一言も「論理は重要ではない」とは言わなかったので、ただの屁理屈だなと自分の考えを捨てた。

 

でも、時間が経ってもその時のことがまだ頭から離れない。捨てたはずの屁理屈がまだ心の中で生きているのだ。「目的まで最短ルートで合理的に動くのではなく、情緒的で周囲に配慮した選択を優先すべきなのか?」。そうやってぼくに尋ねてくる。好きだから、かわいそうだから、仲が良いから、昔からの夢だから、周りもやってるから。そんな理由で当初の目的を捨てた行動をとるなんてバカげてる。常に最短ルートをいけと。相互理解など不可能だと。そんな甘ったれた空気は吐き気をもよおすと。大きな声で叫んでいるのだ。

 

少し前ならば、それを受け入れていた。怒り狂うと共に軽蔑し、徹底的に否定した上で活動の軌道修正を図った。だが、そうすることで周囲の人々が去りはじめた。そのときにやっと、自分のやり方が間違いだと気づいたのだ。つまり、それだけでは人は付いてこないのだ。価値観の完璧な共有など不可能。少しの不具合を受け入れてでも前に進まなければいけないのだ。

だが、そこためにはどうすればいいのか。その答えはぼくの嫌いな代表の言葉に集約されている。「感性を大事にしろ」。これに尽きるのだ。これはただその時々の気持ちに従って行動しろということではない。合理的でありながら、同時に情緒的であれ、ということなのだ。合理的なだけでは人は動かない。情緒的なだけでは物事は成功しない。だから、両方を抱えて、バランスをとって進めということなのだ。

 

正直、今でも代表、お前なんて大嫌いだ。どれだけ苦労をかけられたと思ってるんだ、絶対に忘れない。大嫌いだ。でも、ぼくのサークル最後のときに、ぼくが培ってきたものを再び意識させてくれた。そのことだけには感謝してやる。3年の頭にこの選択をしたのは正しかったのかともやもやしていたが、すっきりした。ありがとう。お互いに、引退おめでとう。お疲れさまだ。